04

10月

2011

香りを巡る旅。

ヨーロッパに、またもや行く機会が訪れました。ラッキーです。

 

今回は、パリ→ベネチア→ミラノ→イスタンブール→ギリシャかブルガリア、クロアチア? (決めていない)それから南仏のワイナリー。

 

パリでは、1、2年ぶりに友人たちと再会。そして山奥でキャンプとかしたミラノっ子20人くらいと再会。そして初めての土地へ。

 

今回の旅のテーマは

 

「香り」

 

基本的に私は嗅覚で生きているようなものなので、とっても鼻はきくのです。スパイスの、ワインの、焼きたてパンの、芝の、潮の、そしてその土地全体の香りを堪能する旅。

 

視覚も、味覚も、触覚も、聴覚も活用はするけど、私が一番信用するのは嗅覚。香りによって進む方向を決めたりすることも。魅惑の香りに踊らされながら、今回もふらふらと気の向くままに。

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13

8月

2011

クラヤミノtastingやります。

9月3日(土)

 

私が週2、3で働いている『キッチンわたりがらす』にて、「クラヤミノtasting」を行います!!!

まっっっっっくらにした店内で味わう。興味深いイベントになりそうです。

 

今回の企画は、徳久ウィリアムさんというかなーりディープな方との出会いから始まりました。彼のHPに よると、彼は『ホーメイ(一度に二つの音を出す、特殊な歌唱法)、モンゴルのオルティンドー、イラン(ペルシャ)のタハリール唱法、などの民族音楽的発声か ら、デス声、独自の「ノイズ声」まで、特殊な発声法のスペシャリスト。』らしいです。まじで、人間業とは思えないような声を出します。

そして、呼吸法によって人間は健康になるということで、呼吸のWSなんかも行っているようです。

 

彼は月に一度、「クラヤミノtones』という暗闇で演奏を聞いたり、みんなで声を出したりしようという、ニッチな、面白そうなことを4人でやっています。速攻でひかれ、何か一緒にやりましょう! となったのです。4人のメンバーはまた全員こゆくて面白い。先日MTGしたのですが終始笑いっぱなしでした。

 

 

今回は、暗闇でその呼吸法、そして味覚をもっと敏感に、クリアにするようなワークを行った後、テイスティングに入ります。

 

暗闇の中では、視覚を補うようにして触覚、嗅覚、味覚が敏感になります。

 

ゆっくり、時間をかけて味わう。今回ご用意するのは、わたりがらすで使用している選りすぐりの食材たち、そして料理。国産、有機野菜や瀬戸内海の魚など、そのままでおいしいもの、をもっとじっくりと召し上がっていただきます。

 

なんだか日常では味わえないような官能的な体験でもあるなと思っています。

『素材をいただく』ということを考え直したり、存分に堪能できるイベントです。

もちろんその後、わたりがらすにて食事できますー。

 

私自身も楽しみでなりません! いやー、ぜったいこれ、楽しくなりますぜい!!

ぜひ、ご参加くださいましー。

 

1部:16:00-18:00

2部:19:00-21:00

 

どちらも内容は一緒で、料金は前売2000円です。

 

詳細はこちら!

http://bfrec.blogspot.com/2011/08/tasting.html

 

お申し込みは下記のフォームから!

http://bfrec.com/pg82.html

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24

7月

2011

潮の香り

夏です、太陽です、海です。my favorite thingsです。

 

よく晴れた平日。車を借りて、早起きして伊豆に来た。下田からさらにちょっといったところの名前も知らなかった海岸だけれど、そこは本当に素敵で一気に気に入ってしまった。

 

なんだか、そこには日本ではないような景色が広がっていて、驚いた。

 

見上げると、トトロに出てきそうな小道が続いていて、うきうきした。

 

長い坂をおりて行くと、小さいけれど美しい、プライベートビーチのような場所にたどり着く。私たち以外に人はほとんどいなくて、海女さんたちがわいわい楽しく何かを潜って獲っていた。

 

魚を眺めながら泳ぐ。太陽を背にうけながら砂浜でごろーんとのびる。波の音をBGMに、潮の香りを堪能しながら本を読む。…そして何となく眠りに落ちる。

 

ふと気がついたら結構潮が満ちていて、何とも言えないアンニュイな午後である。

 

そういえば、潮の満ち引きは、月の引力によるものなんだったっけ。そう考えると基本ポジティブな私がなぜか少し塞いだり、体調が優れないときはいつも満月、というのも絶対月の引力のせいだ、と勝手に思っている。こんなに広い海もその影響をうけるのだから。でもそれがいい波を創り、まわりを彩るのならば、それにそって生きるのも、悪くないね。

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17

4月

2011

時間の愉しみ方

最近すっかり春めいてきて、太陽がとてもぽかぽかと心地よい。ごろんと全身に太陽を浴びるのがほぼ日課になっているが、本当に幸せだ。大好きな人たちがそばにいたらそれはもう、最高。

 

さて、先日京都で本当に素敵な、茶筒と出会った。

 

茶筒とは読んで字のごとく、お茶の葉を入れておくアレである。私はどちらかというとコーヒー派なので、あまりお茶周りに気を配ったこともなければ、味はともかくその入れ物にこだわったことなど皆無だった。しかも、抹茶ではなく緑茶である。

 

何人かのステキな方々と見学に行ったのだが、それはそれは興味深い話と1つ1つが、手作りでできあがっていく過程を見せて頂いた。明治時代から受け継がれる職人技で、丁寧に全く無駄なく作られたその茶筒はいかにも日本らしくて、尊く見える。

ふたを開けるときに、普通の缶を開けるように横に力をかけて引っ張ると、開かない。

しかし上部を持つとゆっくり、しかし自然にすっと開く。閉める時も同じで、ふたを軽くかぶせると、重力に従ってゆっくり下がっていき、ぴったりと密封されるのだ。

 

一緒に見学に行った中の一人が、この茶筒は「時間」を愉しむものだといった。またある人は道具が人に作法や美しい動きを教えてくれるのだと言った。どちらも本当に、しっくりくる感覚だった。ゆっくり、しかし最も自然に開閉できるように、緻密に計算しつくされた美。その姿を見ると誰も焦ってお茶を飲むということをしなくなるだろう。飲み方だって美しくなるのかもしれない。そこには、言葉や数字だけではなく、代々受け継がれてきた人にだけになせる業であり、感覚なのだろうと思う。

 

そして使えば使うほど、その色が味わい深くなる。最初の磨き上げられたものももちろん美しいのだが、何十年と使われたものにはそれだけの歴史と深みが詰まった色へと変化する。

基本的に物に興味は無いけれど、今回はそんな「物」を通して、なんだか外国人のような気分で日本のステキな文化に触れた気がする。いちいち心にぐっとくる茶筒だ。

 

これって、きっと小さいサイズの、婚約指輪を入れるものがあったらすごく感動する気がする。開ける時間も愉しめれば、その歴史や思い出を感じられる色合いも愉しめ、きっと中身も入れ物も大切に出来るのではないかと、珍しく女の子らしい考えも出てくるほど心捕まれた出会いだった。

 

開花堂HP 

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27

2月

2011

中身がからでも、実体が無くても人を和ませるモノ。

己の無価値さと戦う女子がいた。

 

彼女はずばり、爆発的に元気で、ついでに人まで元気にしちゃいますって感じの人だ。フットワークも軽くて行動力もあって、NGOなんかも作っちゃって代表をしているパワフルな人である。

 

最近から東京に住み始めた彼女は、どうやら朝起きて、「ああ自分って無価値」って思ってGyaoばかりみているらしい。そういえば、私も似たような状況で、何者でもない自分に対する焦りを抱きつつ、それとは裏腹にアメリカのドラマをシーズン1から6くらいまで全て見尽くしていたときを、何となく思い出してみる。そして振り返っても、その期間が今の自分にとって肥やしになったとも特に思えないので、基本的に空白の期間だったのだと思う笑。

kemuri cafe店内の様子 kemuri cafe店内の様子

昨日は久しぶりにシーシャを吸いながらまったりした休日を過ごしていた。

シーシャを最初に吸ったのはアメリカだったけれど、いいもんだなと思いはじめたのは名古屋の大須にある、kemuriというシーシャカフェの店長に会ってから。本当に人をほっとさせ、何か不安があっても会った後には何となく消えているような、不思議な力を持った人だ。

 

 

その人がkemuriでシーシャと共に提供するのは、最高に優しい空間。安らぐとか、くつろげるとか、人によって感じることは違うだろうしどれもしっくりくるけれど、どれも十分ではない気もする。入った瞬間に、ふわっと甘い香りと共に人間の温度に触れるような、そんな感覚もある。

 

実体のあるモノや成果にだけ価値があるわけでもなければ、それだけを大切にしていれば良いわけでもない。空気だったり温度だったり香りだったり気持ちだったり、そんなものを常に感じていられるように。

 

シュークリームって、どうやって誕生したかについて諸説あり、原型についてははっきりわかってはいないのだけれど、あの形を見ても、わざわざ中を空洞に作るこの無駄っぷり、未完成っぷりたるやすごい独創的なお菓子な気がする。ただ、これを作っていると、わざわざつくる空白な期間も実はその後に、甘いものや優しいものをたっぷり詰められるようにするために必要なのかもと、異常にポジティブに思えてくるから不思議である。(ちなみに、空白の期間を過ごしていた彼女に1週間後に会ったときには、早くもほぼ脱出していたが。。)

 

シェアメイトたちと、優雅に焼きたてのシュークリームを食べ、今日も幸せな一日であった。

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13

2月

2011

Happy Outdoor Wedding

写真:安部 健 写真:安部 健

もうとっても昔のことになるのですが、私の師匠であるゆうきさんがやっているHappy Outdoor Wedding (H.O.W)のイベントの第一弾として城南島海浜公園という海の目の前のすてきな公園で模擬結婚式がありました。

 

HOWは「アウトドアで低予算でも、主役もゲストも、みんながハッピーになれるウエディング」を提案している二人組なのです。

 

アウトドアウェディングや、ゲストの負担は食事代くらいにして、なるべく多くの人とみんなで楽しむ、というウェディングスタイルは海外ではよくお目にかかるものです。でも、日本ではまだまだマイナーなこと。

 

今回のイベントはアウトドアウェディングってどうやるの?という多くのHow to??をイメージが描けるように実際にやってみたものです。

 

そして光栄なことに私がそのイベントのお料理を担当させていただいたのです!!びっくりするほどの好天に海辺という最高のロケーション。そしてたくさんのゲストのすてきな笑顔。そりゃこんなところで結婚式したら文句なしで幸せでしょうよ!!

 

偶然公園に居合わせた人たちまでお祝いをしてくださり、笑顔が笑顔を呼ぶ空間でした。

 

アウトドアウェディングって、いいものですね。

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諸行無常。

ブログをリニューアルしてみました!

 

否。正しくはリニューアルせざるを得なくなってしまいました。そして今までのものは全て消えてしまい、パソコンから奏でられる、機械的な諸行無常の響きに耳を澄ましているところでございます。

 

これを機に、なぜ私がなかなかブログを書けないのか、ということを考えてみました。

 

筆無精であると言うことは一つの要因なのですが、どうやらそれだけではないようです。どうやら、自分のことを書こうとかおこがましいことを思っていたところに原因があったように思われます。そんな風に思うから、わたしの日記みたいなモノをだれが読むのか、とか誰が興味あんの?とか思ってしまうので書けなくなってしまうわけです。

 

でも、「何かを表現すること=その何かを直接describeすること」ではないという単純なことに気づきました。つまり、自己紹介的なツールとしてブログを使っている節がある私としては、自分のことを表現しようとするのだけれど、そのまま書こうとするとどうしても手が止まってしまう。しかし自分の好き なことやモノ、それと自分との距離感や肌感覚、匂い、感情を自分の言葉でdescribeすることによって結局は自分を表現できるんですね。

 

ま、これは気づきと言うよりは村上春樹さんの本を立ち読みしていたときに、彼が「もし文字数制限のある中で自分のことを表現しなさいと言われたら僕はエビフライについて書く」といい、上記のようなニュアンスのことを(もちろんもっと詩的な表現で書いてはありましたが)書いていたので、なるほど!!と深く納得。良き学びでした。

 

そんなことを考えながら、インタビューが好きでよくやっている私は、その人との距離や肌感覚を通じて、describeしていくことで自分の向かいたい方向性やどんな生き方がしたいかということを模索するのと同時に表現の方法も一緒に模索しているのだなと、確認してみたのです。

Yu's Kitchen Photos